行政書士のプロローグ & モノローグ

法律、経済、文化、福祉、雑談etc. 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

「特上カバチ!!」にカバチする①

 ドラマ「特上カバチ!!」(TBS、日曜9時放送)が好調のようだ。櫻井翔、堀北真希らいま旬の俳優らによる行政書士ドラマなので、同業者としては嬉しい限りである。以前、常盤貴子・深津絵里主演の「カバチタレ」(2001)が放送されたときも、この作品の影響を受け行政書士になった人がいたようである。途中クイズを挿入し、番組最後に櫻井、堀北がクイズの当選者に直接電話をかけるなどといった構成もユニークである。
 ただ、その中で展開される法律論となると、ちょっと首をかしげたくなるあやしいものが出てくるので、注意が必要である。ここでは、5話(2/14放送)について、取り上げてみたい。
 大野事務所所長の大野(中村雅俊)は、高校生の娘・杏が誰かとつきあっているようなので心配になり、田村(櫻井翔)と栄田(高橋克実)に調査を命じる。杏を尾行した結果、交際相手の甲斐洸は、彼女のことを真剣に愛している真面目な好青年であることがわかるが、父親の甲斐正太郎はギャンブル狂で、サラ金から多額の借金をしていた。そのことを知った大野は激怒し、この交際に大反対する。詳しいストーリーは割愛するが、洸の両親(正太郎、貴子)は、悪質な金融業者・百目鬼(本田博太郎)からの厳しい取り立てに屈し、結局、息子名義で1000万円の借用書を書けば父親の借金をチャラにしてやるという条件をのみ、自分たちだけ逃げてしまう。
 このとき百目鬼が用いた法律論は、次のようなものである。甲斐洸はまだ未成年なので、法定代理人たる親が息子名義の契約を結ぶことができ、親が逃げた以上、息子の洸がこの借金を返済しなければならないのは当然である。そして、田村は洸にあるアドバイスをした上で、再び百目鬼との交渉に臨む。借用書の日付が空欄だったので、百目鬼に今日の日付を記入させると、「これで、この契約書は無効になりました」と宣言するのである。田村によれば、実は、前日、洸と杏は婚姻届を出しており、その瞬間、成年擬制(洸は未成年だが、結婚したことにより法的には成人と見なされる)が成立し、親の代理権は消滅し、この契約は無効になったというわけである。
 しかし、このカバチ(理屈)は、法律論的に見て、おかしくはないだろうか。そもそも未成年というのは、判断力が未熟な20歳以下の青少年を、このような悪徳業者から保護するために設けられた制度である。契約者本人が未成年であることによって救済されるというのならわかるが、このドラマでは、法律の趣旨とは逆のことが起こっている。
 ここで注意しておかなければならない点は、未成年者に対して親(法定代理人)が有しているのは、通常、同意権であるということである。法定代理人の代理権というのもあるが、それは、本人が幼児とか重度の知的障害者であるといった例外的な場合であり、しかも、本人にとって不利益にならない場合に限る。例えば、重度の知的障害をもつ子どものために、親が子ども名義の銀行口座を開設するといったケースがこれにあたる。本件のように、親が自分の借金を逃れるために、息子名義で金銭消費貸借契約を締結するなどというのは、明らかに親権の濫用であり、論外であろう。したがって、成年擬制などといった小細工を弄する必要もなく、田村は百目鬼に対して、「そんなカバチ通用すると思ってるのか。出るとこ出て決着つけようやないか」と啖呵を切ればよいのである。
 民法4条1項には、次のように書かれてある。

「未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又義務を免れる法律行為については、この限りではない」

 「同意」というのはちょっとわかりにくいが、よく通信販売などで、申込者が未成年者の場合、契約書に親が署名・捺印する欄があるのを見たことがあるかと思う。あれが同意である。未成年者が間違って高額な商品を買わされてしまった場合などに、法定代理人たる親が事後的にその契約を取り消すことができるが、しかし、それは業者からすれば取引の安定を欠くことになるので、このように予め親に同意を求めておくのである。親が本人の契約に同意すれば、後から取り消すことはもはやできない。
 そして、もしこのドラマのように、婚姻による成年擬制が成立した場合、親の同意は消滅するが、本人の契約は有効に残ってしまう。
 テレビでは一瞬、契約書が映し出されたが、そこには、甲斐洸、甲斐正太郎、甲斐貴子の三人の名前が併記されていた。借用書の欄に複数の名前が併記されている場合、通常は連帯債務者か連帯保証人と想像されるが、ストーリーからすれば、これは、本人(甲斐洸)と法定代理人(甲斐正太郎、甲斐貴子)ということになる。しかし、これは明らかに不自然である。なぜなら、もし両親が息子の代理人として契約を結んだとしたら、この欄には本人の名前(甲斐洸)のみか、もしくは「甲斐洸法定代理人甲斐正太郎、甲斐洸法定代理人甲斐貴子」と記されなくてはならないからだ。それなら、通信販売のケースと同様、息子本人の契約に両親が同意したものと解した方がまだ自然であろう。そしてドラマでは、この契約書は本人の知らないうちに交わされたものであるから、百目鬼には有印私文書偽造罪(刑法159条)の共犯が成立する可能性があり、法律家ならその点をつくべきである。文書偽造を立証するための筆跡鑑定については、前回(4話)出てきた。
 法律の抜け道などということがよく言われるが、それは、法律の条文とは直接関係しない手口を使った場合の方が多い。例えば、この話では、甲斐正太郎が最初に借金をしたサラ金業者(デビット伊藤)から、より悪質な闇金業者、百目鬼に債権が譲渡されるが、債権譲渡の場合、債務者本人の承諾を得る必要がある。そのため、債権者は債務者に対して、債権譲渡を内容証明郵便にてあらかじめ通知するが、その事実を証明するためには、配達証明が必要となる。私は以前勤めていたサービサー(債権回収会社)で、この実務に携わっていた。しかし、配達証明の場合、受け取りを拒否したり、あるいは、郵便配達員が来ても居留守を使った場合には、返送されてしまうので、債務者がもし悪知恵を働かせれば、居留守などの単純な方法により、債権譲渡を妨害することができるのである。

 つい先日、闇金融業者と戦う弁護士のドキュメント番組があったが、弁護士が悪徳金融業者に対して用いた法律論は、すべて出資法違反であった。現実の法律はこのようにシンプルであり、ミステリー小説のトリックのように、複雑でこみいった理屈をふりかざすことによって解決できるケースはほとんどない。確かにエンターテインメント作品において、このような筋立てにした方が視聴者や読者の興味をそそるというのは、わからぬではない。しかし、やりすぎると法律に対する誤解を与えてしまいかねないだろう。成年擬制によって債務を逃れられるというカバチは、物語のオチとしては確かに面白いが、常識的にも、法律的にも明らかにおかしな理屈である。そして、それが現実に適用できる可能性も、ほとんどないのである。

スポンサーサイト

PageTop

アメリカンドリームという悪夢

 マスコミは連日連夜、小沢一郎の政治裏献金疑惑の問題でもちきりである。しかし、海外では、世界経済の大転換を予感させるような事態が起こっている。オバマ大統領による金融規制法案がそれだ。
 リーマンショックからわずか一年、ウォール街では再び強欲資本主義が息を吹き返し、証券会社ではまたぞろ高額なボーナスが支払われている。あれだけ世間を騒がせておきながら全く懲りない面々だが、これに対してアメリカ市民の怒りの声が沸き起こっている。リーマンショックのお陰で多くの企業が倒産し、失業者が増えたというのに、その張本人たちが高額な報酬を得ているというのだから、頭にくるのは当然であろう。そんな矢先、オバマ大統領は、今回の法案をぶちあげた。新聞では、「ウォール街への宣戦布告」などという、センセーショナルな見出しがつけられていた。
 金融規制法案の骨子は、次のようなものである。

①  銀行、または銀行を傘下に持つ金融機関によるヘッジファンドおよびプライベート・エクイティ・ファンドへの投資や出資、保有を禁止。 
②  預金だけでなく、それ以外の資金調達源も考慮に入れ、金融セクター全体に対する銀行の相対的な規模に制限を設ける。預金に関しては、特定の銀行にリスクが集中するのを防ぐため既に上限が設定されているが、現行規制では他の資金源に制限はない。 
③ 銀行の自己勘定取引を禁止。ただ、ホワイトハウスのある当局者によると、マーケットメーキングの一環としての自己勘定取引は認められる。
 
 これによって、銀行による投資業務が厳しく制限されることとなる。銀行が投資業務も行うというのは、たとえて見れば、両替商が丁半博打の胴元も兼ねるような話なので、禁止されて当然である。しかも、あまり規模なの大きな金融機関を潰せないという理由から、時には公的資金が投入されたりもする。この例で言えば、胴元の負けが込んできたらお上が助けてくれる、という話だ。
 そもそも1933年のグラス・スティーガル法により、かつては商業銀行が投資業務をすることは禁じられていた。それが1999年廃止されたことにより、銀行と証券会社の間の境界がなくなり、今日の事態を招いているのである。
 遡ればこれは、1986年のイギリスサッチャー首相によるビッグバンに始まり、日本でも、1996年の橋本内閣のときに受け入れられ、規制緩和の名のもとに、銀行と証券会社等の垣根が取り払われている。
 そしてこのような暴挙が、市場原理主義やグローバルスタンダードとして世界中を席巻したのである。よくグローバルスタンダードは、アングロサクソンの思想などと言われるが、中心になった国はイギリスとアメリカであり、どちらも覇権国家である。うがった見方をすれば、金融は、かつての覇権国が失地回復するための切り札だった言えなくもない。アメリカ市民も、「強いアメリカ」を期待する気持があったからこそ、ウォール街の陰謀にまんまと乗ってしまったのである。
 もうひとつ、投資には一獲千金のチャンスがあり、アメリカンドリームの象徴でもあった。しかし、その夢は結局悪夢であった。アメリカは、1パーセントの富裕層と99パーセントの貧困層から成りつ格差社会になってしまったが、それを加速したのが、市場原理主義やグローバルスタンダードに他ならないのだ。
 市場原理主義者は、神の見えざる手などというが、市場の神とアダム・スミスの神は本質的に異なる。価格決定において働くアダム・スミスの神は、民衆の集合意識が反映されたものだが、市場に参加する人々はごく一部の富裕層あるいはその代理人たる証券会社や機関投資家である。市場の神は金持ちの味方なのだ。

 金融規制法案に対しては、ウォール街からポピュリズムなどと反発の声が出ているようだが、この法案にはノーベル賞受賞者のスティグリッツ氏も賛同しているのだ。また、超大物ヘッジファンドのジョージ・ソロス氏も基本的にはこの法案に賛成だという。
 そして世界は、グラス・スティーガル法が廃止される以前にまで、時計の針を巻き戻すべきなのだ。この間、多くのアメリカの優秀な頭脳が証券業界に流れてしまった。相場はケインズの言う美人投票であり(自分が美人と思う相手にではなく、大勢の人々が美人と思う相手に投票する)、金融工学などと言っても所詮丁半博打の延長線上でしかない。理系の人々は、本来の科学技術分野でこそ、その才が発揮されるべきなのだ。
 そして、もしこの法案が成立すれば、その影響は世界に及ぶであろう。フランスのサルコジ大統領も、すでにダボス会議で賛意を表明し、各国が協調して規制を強化すべきであると述べている。日本にとっても重大な影響があるはずなのだが、鳩山首相は、小沢氏や自分の問題でそれどころではないらしい。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。