行政書士のプロローグ & モノローグ

法律、経済、文化、福祉、雑談etc. 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

宗男の言い分(歳川 隆雄・二木 啓孝 、飛鳥新社)

 村木厚子元局長の冤罪が晴れた約1週間前、ある大物代議士の有罪判決が確定された。鈴木宗男氏である。9月7日、最高裁判所は上告を棄却し、それに対し鈴木氏側は異議申し立てを行ったが、9月15日に却下された。そのため、「懲役2年の実刑、追徴金1100万円」の第一審、第二審の判決が確定された。これにより鈴木氏は衆議院議員を失職した。
 そもそも「鈴木宗男事件」とは、一体なんだったのだろうか? 国後島のムネオハウスの建設をめぐる疑惑に端を発し、数々の疑惑が浮かび上がり、ODAをめぐる巨額汚職事件としてマスコミが取り上げ、世間も大騒ぎした。しかし、蓋を開けてみれば、そんなものは何も出てこず、やまりんなどというチンケな事件が一つ残っただけだった。要するに、警察や検察はもっと大きな山があると思い、見込み捜査で逮捕したが、結局それは見つからなかった。しかし、もはや引くに引けなくなっていたため、誰でも叩けば埃が出てくるような些細な事柄を追及し、なんとか有罪まで漕ぎつけた(しかも、虚偽の供述調書を取って)。どうせそんな構図であろう。ライブドアの堀江貴文氏の場合と全く同じである。

 この本は、2002年に刊行されたものだが、歳川隆雄・二木 啓孝という著名なジャーナリストが、鈴木宗男氏に思いのたけを語ってもらっている。二人とも、「鈴木氏の言い分に理あり」というスタンスで、このインタビューに臨んでいる。私も、全くその通りだと思う。
 この本の中で、鈴木氏は、自分は外務省を応援しただけであって、無理矢理自分の意見を押し付けたことは一度もない、と繰り返し述べている。二島先行返還論にしても、当時の外務省ロシアンスクールの主流派の考え方であったことは、東郷和彦氏(「北方領土交渉秘録―失われた五度の機会」 )や佐藤優氏(「国家の罠」)の著書を見てもわかる。
 鈴木宗男事件には話にどんどん尾ひれがついていき、当時は鈴木氏がやったと言えば何でも話題になったと本人も語る。例えば、1996年、桜植樹で国後島を訪問した際、外務省課長補佐に1週間のけがを負わせたことが暴行事件として問題となった。しかしこの時、この課長補佐は、ロシア側が要請していた検疫証明書を持ってくるのを忘れ、上陸を拒否されると、今度は自分のミスを棚に上げ、主権論を持ち出したから怒ったのだという。机を叩いたが、けして手は出していないと語る。またその後、この課長補佐は、異動の際自分のところにわざわざ挨拶に来ているとも述べている。それなのに、宗男パッシングが始まると、急に、暴行を加えたという診断書まで出てくるというのだから恐ろしい。
 また、本書の記載ではないが、大騒動となったピースウイングジャパンの問題について、佐藤優氏は次のように証言している。同代表の大西健丞氏が、新聞に政府に批判的なコメントを載せたため、同NGOが鈴木氏の圧力によりアフガニスタン復興支援会議への出席を拒否されたというが、外務省の職員から「問題のあるNGOは参加させなくてよろしいですか?」と尋ねられた時、鈴木氏は「任せる」とただ一言言っただけだと言う。このシーンを佐藤氏はその場で目撃しており、しかも大西氏が政府に批判的なコメントを寄せたのはこの後のことであった。だから、この記事を読んで、鈴木氏がピースウイングジャパンを排除することなど有り得ないというのだ。

 鈴木氏は、竹下登の教えを忠実に守り、献金は広く浅く集めるのが主義だったと言う。鈴木氏の集金力は派閥の領袖並みで、自民党でもベスト3に入っていたが、それは各地に応援団を作り、そこを通じて多くの人々から献金が寄せられたからだということだ。その応援団の一人に、下地幹郎(国民新党)がいる。
 もちろん、鈴木氏の言い分を何から何まで鵜呑みにするつもりはない。しかし、鈴木氏は、北方領土問題、アフリカ外交、杉原千畝の名誉回復など、今まで誰もやらなかったことに対して、率先して積極的に取り組み、しかも成果を上げてきた。馬力のある政治家であったことには間違いない。だからこそ、佐藤優氏のような優秀な人間が心底尊敬するのだろう。日中関係が緊張を高める中、このような政治家が失われるのは、実に惜しいことだ。


http://www.gyouseisyosi.jp/

スポンサーサイト

PageTop

ゲゲゲの女房(武良布枝著、実業之日本社)

 NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が、ついに最終回を迎えた。筆者は、少年期、水木作品に夢中になった世代なので、毎回楽しみにしていた。本書はもちろんこのドラマの原作であるが、200ページ足らずの小著なので、テレビはこれをかなりふくらました内容となっている。例えば、ドラマでは重要な役割を演じている田中美智子(松坂慶子)や河合はるこ(南明奈)、ネズミ男のモデルとなった浦木克夫(杉浦太陽)などは本書には出てこない。浦木に関しては、NHKスタジオパークに杉浦太陽がゲストで登場した時、架空の人物であると明かしていた。
 一方、テレビにはない話も出てくる。例えば、貧乏時代いつも一家で風呂を借りに来る図々しい水木しげるの兄・村井雄(大倉孝二)がいたが、この調子のいい兄は実はB級戦犯で、戦後しばらく巣鴨に収監されていたのだ。また、水木しげるが手塚賞を受賞した時、手塚眞がスピーチで「僕は子供のころ水木作品の大ファンで、父はそのことを大変気にしてるようでした」と語り、一方、自分の娘も手塚作品を愛好していたという興味深いエピソードが紹介されている。さらに、荒俣宏や南伸坊(「ガロ」の編集長だった)などの話も出てくる。
 その他、アシスタントの倉田圭一(窪田正孝、池上遼一がモデル)、小峰章(斎藤工、つげ義春がモデル)、漫画雑誌『ゼタ』(「ガロ」がモデル)を創刊した深沢洋一(村上弘明、長井勝一がモデル)などが、実在の人物である。また、梶原善が演じた戌井慎二のモデルは桜井昌一であり、ドラマでは早い時期から水木しげるの才能を高く評価し支援を惜しまなかったにもかかわらず、日の目を見た後、経営の厳しい戌井の出版社に対して執筆協力をあまりしなかったことに対し、不人情と感じた視聴者も少なくなかったはずだ。しかし、桜井は、水木以外にも業界に幅広い人脈を持ち、さいとうたかお等と劇画工房を結成している。
 ところで、わが敬愛する評論家の呉智英氏は、1970年から80年の間、水木プロで資料整理のアルバイトをし、水木しげる短編集の編者をつとめていたにもかかわらず、原作にもドラマにも登場していない。布枝夫人から嫌われていたのかな……


http://www.gyouseisyosi.jp/

PageTop

特捜のエース、前田恒彦検事逮捕について

 テレビの第一報で前田恒彦検事の姿が映し出され、テロップの「逮捕」という文字が目に飛び込んできた時、私はてっきり高橋洋一氏がまた逮捕されたのかと思った。高橋氏と言えば、元財務官僚で、小泉政権時代は竹中平蔵大臣の右腕として、現在は「みんなの党」の経済政策ブレーンとして活躍している。その高橋氏が、平成21年3月、練馬区の温泉施設で窃盗の容疑で突然書類送検される。告発本(『さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白』講談社)が話題になった後のことだけに、冤罪の疑念が拭えなかった。その後、高橋氏は自著の中で、「事実だけを書く」と前置きした上で、事件のいきさつについてふれている(『恐慌は日本の大チャンス』講談社)。これを読めば、誰もが国家権力の謀略と疑いたくなるに相違ない。前田氏も検察官僚であったが、ある日突然容疑者として世間に顔をさらすこととなる。二人はこの点でも共通するが、風貌が似ているというのは、いささか奇妙な符号ではなかろうか。

 それはさておき、今回の物的証拠(フロッピー)の改ざんが前代未聞の重大事件であるかの如き、マスコミ報道のカマトトぶりには腹が立つ。司法記者なら、これが氷山の一角であることくらいよく知っているはずだ。村木厚子氏が厚生労働省の局長であったからこそ、事件がこれだけ大きくなったのであり、もし一般の民間人であれば、そのまま闇に葬られてしまった可能性がきわめて高い。検察内部の事情はブラックボックスなどではけしてなく、さまざまな関係者によってすでに暴露されているのだ。
 例えば、石橋産業詐欺事件で有罪が確定して現在服役中の田中森一氏の『反転-闇社会の守護神と呼ばれて』には、検察の捜査手法が詳しく描かれている。彼もまた現役時代には特捜のエース検事と呼ばれていたが、逮捕後は、「モリカズのようにはなるな」が、検察関係者の合言葉になってしまった。同書によれば、検察が立てた筋書きに従って供述調書をでっちあげるなど当たり前のことであり、容疑者がクロという確信さえもてれば何ら問題はない、と開き直っている。そして、このように強引な捜査を躊躇なくできる者こそが、エース検事になれるのであろう。
 供述調書のでっちあげに慣れてしまえば、物証の改ざんだって簡単に行われると考えるのが普通である。木谷明氏(元東京高裁判事)の『刑事裁判の心―事実認定適正化の方策』にも、物証が改ざんされた疑いのある事例が紹介されている。この場合、木谷氏が裁判官としてこのことを検察側に指摘したが、その後全く問題になっておらず、マスコミもこれを報道しなかった。また、検察ではないが、守大介氏の筋弛緩剤事件(無期懲役確定)でも、科捜研が資料を大量消費してしまい、再検査しようにもできなくなっていることについて弁護側が追及したが、裁判所はこれを取り上げなかった。
 供述調書の作文も物証の改ざんも、でっちあげという点では同じであり、前者が常態化すれば、後者まで一足飛びに行き着くはずである。これらは、公判を有利に進めるためには手段を選ばずという検察全体に立ち込めている空気を物語っている。だから、これは、前田検事個人の問題ではなく、検察庁全体の体質の問題に他ならないのだ。
 ゆえに、最高検が東京地検特捜部に事情聴取するなどというのは、噴飯ものだ。最高検は、検察という組織全体の勝ち組であり、このような空気を最も濃密に凝縮させた人々の集まりと言っても過言ではない。もっとも検察上層部は、赤レンガ派と呼ばれる東大出身の法務官僚たちによって牛耳られているというので、自らは手を汚していないかもしれない。しかし、その分かえって悪質である。こういった検察トップは、共犯関係にあるどころか、共謀共同正犯の立場にあると見るべきではなかろうか。つまり、オウム真理教における麻原彰晃のようなポジションだ。
 今回の事件が、検察の体質を変えることなど、到底期待できない。人の噂も七十五日と言うが、彼らは、この騒動が鎮静化することをひたすら待っているに違いない。そして、ほとばりが冷めれば、また従来通りの捜査手法が復活し横行するのだ。そして、検察関係者の間では、次のような言葉が囁かれるだろう。
「ツネヒコのようにはなるな」


http://www.gyouseisyosi.jp/

PageTop

インテリジェンス武器なき戦い(佐藤優・手嶋龍一 幻冬舎新書)

 本書の主題は、インテリジェンス・オフィサーである。聞きなれない言葉だが、要するにスパイのことである。対談者の佐藤優氏と手嶋龍一氏は、外務省職員、NHK特派員と異なった経歴の持ち主だが、たまさかこのインテリジェンス・オフィサーと近い世界をこれまで歩んできた。日本は忍者の伝統ある国だが、諜報機関は陸軍中野学校を最後に途絶えたかに見えた。しかしなかなかどうして、日本の情報収集力は現在でもそれほど捨てたものではないらしい。諜報機関に莫大な予算をつぎ込むアメリカやイギリスの後塵を拝するのは仕方ないとしても、時には、CIAを出し抜くような成果を上げることもあるらしい。国力と潜在的なインテリジェンスは比例するというのが、佐藤氏の持論である。しかし、日本の場合、その情報が、外務省、警察、防衛省、公安調査庁、内閣情報調査室、財務省、マスコミ、商社等に分散してしまい、それらを集約させる機関がないのだ。国益のためには、諜報機関とインテリジェンス・オフィサー養成機関を一日も早く創設すべきだというのが、二人の一致した見解である。
 諜報活動によって入手した情報と言えども玉石混交が常であり、そのために、インテリジェンス・オフィサーには真贋を見分けるだけの分析能力が欠かせない。ガセ情報によって政策が決定されると、イラクにおける大量破壊兵器のように、国の行方を左右する大きな失態にもなりかねない。ゆえに、インテリジェンス・オフィサーは高度の知的訓練と幅広い学識が不可欠であり、モサドのインテリジェンス・オフィサーなどは、退職後すぐに大学教授になれるくらいの知性を有しているという。国際的な情報戦を勝ちぬくためには、優秀な人材を育てることがなにより大切なのだそうだ。
 それを裏付けるかのように、二人の知的ボリュームには本当に驚かされる。話題は、経済、政治、歴史、文化と、広範な領域に及ぶが、それらを縦横無尽に駆け抜け、聞いたこともないような情報が泉のように溢れ出し、飛びかっていた。対談がリラックスムードの中で行われていたせいか、話題は下ネタにまで及び、「ロシア人夫婦のセックス回数の標準は週に16回(朝晩と休日には昼も)」という話まで飛び出した。以前、東京MXの「ゴールデンアワー」という番組で、日本人と結婚したロシア人女性が、日本人男性のセックスレスについて興奮した口調で非難していたことがあった。座興で飛び出した下ネタにまできちんと裏が取れていたというわけだ。
 恐るべし、インテリジェンス・オフィサー。


http://www.gyouseisyosi.jp/

PageTop

著作権の世紀(福井健策、集英社新書)

 前著「著作権とは何か」(集英社新書)についても言えるが、法律を解説した本にしては目茶苦茶面白い。著者は気鋭の弁護士であり、この分野の第一人者である。NHKの「視点論点」にもちょくちょく登場するので、ご存知の方も多いと思う。
 面白い理由の一つに、時事問題に言及している点がある。例えば、森進一と作詞家の川内康範との間の「おふくろさん」騒動や、松本零士と槇原敬之の間で争われた「夢は時間を裏切らない、時間も夢を決して裏切らない」の盗作問題が取り上げられている。「おふくろさん」騒動ついて、マスコミでは、森進一に対する道徳的非難ばかりが目立ち、法律的問題としての整理が十分になされてこなかったような気がする。本書を読めば、この辺のことはすっきりする。
 また、番組ライブラリー等アーカイブの問題についても論じられている。現在、膨大なアーカイブが倉庫の中に眠っているにもかかわらず、その一部しか公開されないのは、著作権の問題が絡んでいるからなのだそうだ。その中で、昔NHKテレビで人気だった、平賀源内を主人公にした時代劇「天下御免」のフィルムがなくなってしまったことについて嘆いていた。私も「天下御免」には夢中になった口なので、この嘆きがよくわかる。この辺の世代的共感も、私にとってとりわけ面白い理由の一つなのだろう。
 著作権とはエンターテイメント作品には常につきまとう問題だが、著者は昔演劇青年だったらしく、元々この分野への関心が高かったのだろう。このエンターテイメントへの造詣の深さが、法律専門書をして娯楽作品に仕立てあげる技量の源となっているに違いない。ただし、ストーリーテラーの術中にはまり、一気に読み切ってしまうと、肝心の法律知識が身に付いていない恐れがあるので、要注意!


http://www.gyouseisyosi.jp/

PageTop

美談の男(尾形誠規著、鉄人社)

 サブタイトルは、「冤罪袴田事件を裁いた元主任裁判官・熊本典道の秘密」である。 袴田事件と言えば、菅家利和さんの足利事件同様、冤罪の可能性がきわめて高いと言われているが、その第一審の裁判官が、無罪心証だったにもかかわらず、他の二人の裁判官が認定したため、心ならずも有罪判決を書いてしまったと、涙ながらに語ったシーンは今でも記憶に新しい。この時の判事が、熊本典道氏である。良心的裁判官の典型、裁判官の鑑としてもてはやされたが、熊本氏にはもう一つの顔があった。熊本氏はその後裁判官を退任し、弁護士となったが、これを発表した当時、弁護士登録を抹消し、ホームレス同然の生活ををしていたというのだ。熊本氏の人生の闇の部分に、綿密な取材に基づいて光を当てたのが、本書である。
 よく「事実は小説より奇なり」というが、「事実は小説の如し」というのが、私の率直な読後感である。罪の意識に苛まれ破滅的な人生を送ってしまうというのは、物語としてはありふれたストーリーに属するが、それを地で行った人間が本当に実在したというのは、正直言って驚きである。
 ちなみに、私はこの本の著者、尾形氏とは面識がある(と言っても、名刺を交換した程度だが……)。15年ほど前、私がまだ編集者だった時のことで、当時彼は、「ラジオライフ」(三才ブックス)の編集者をしていた。尾形氏は、同社で「裏モノの本」を企画し、いかがわしい通信販売の実態をリポートしたりし話題を呼ぶ。その後独立し、「裏ウラモノJAPAN」(鉄人社)を創刊し、 その常連ライターには今をときめく北尾トロ氏がいる。
 しかし、この本は正直言って、出来があまりよくない。裏モノ系の軽佻浮薄なタッチが前面に出てしまい、重厚な作品には仕上がらなかったからだ。一級の人物の悲劇を扱うには、この種の筆致はいかがなものか。彼は有能な編集者なのだから、自身のライターとしての限界を見極め、しかるべきアンカーにバトンタッチすべきではなかったのか。もし、この取材を下に、野島進や斎藤貴男等の力のあるノンフィクションライターがまとめれば、もっと読み応えのある素晴らしい作品になっていたかと思うと、惜しい気がしてならない。ただ、ネタだけはすごいので、読者を引き込む力は十分にある。


http://www.gyouseisyosi.jp/

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。