行政書士のプロローグ & モノローグ

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裁判官は美人がお好き?

 栃木実父殺し事件という有名な裁判例がある。娘(当時29歳)が実父(当時53歳)から近親姦を強いられ、5人の子どもを産ませられた上、監禁され、思い余った娘は父親を殺害してしまった。当初、刑法200条の尊属殺人によって起訴されたが、第一審は尊属殺重罰規定は憲法14条1項の平等規定に反するとして、過剰防衛を認定して、刑は免除された。結局最高裁まで争われ、最高裁は、尊属殺の重罰規定を違憲と判断し、通常の殺人罪を適用し、懲役2年6月、執行猶予3年を言い渡した(昭和48年4.4)。この判決は、平成7年の刑法改正における200条の削除につながったと言われている。
 実はこれには、とんでもない後日談がある。この時の最高裁の判事の一人が退官後、ある講演でこの裁判の思い出について語ったとき、被告人が減刑になったのは彼女が美人だったからだという爆弾発言をしたのだ。司会者が、慌てて止めにかかったというが、後の祭りであった。高齢のせいかと思われるが、恐らく当時の本音を語ったものであろう。そして、この発言には、裁判制度のもつ本質的側面が見え隠れしているように思えてならない。
 また、女性判事は女性の被告人に厳しい判決を下す傾向があるという噂もある。被告人の容貌の判決に与える影響についてという実証的研究を誰かやってみると面白いのではないか(恐らくだれもいないだろうが)。
 山の神様は女神であるため、女子の入山を嫌い、そのため女人禁制の山があるのだという風説がある。神様でさえ依怙贔屓するのだから、神ならぬ人間が同じことをしたとしてもけして責められないであろう。
 人間の非合理的感情は、ちょっとやそっとの訓練では払拭できないであろうと思われるが、このエピソードはそのことを如実に物語っている。そして、裁判において、人間感情は排除すればよいというものでもなく、被告人の不幸な生い立ちに同情したり、被害者感情に共感することはむしろ必要なプロセスである。しかし、このような必要な感情と排除しなければならない感情は渾然一体となっているため、それを選り分けるのは恐らくプロの裁判官と言えども至難の業である。
 しかし、何が何でも摘出し絶対に排除しなければならない非合理的感情もある。裁判官の出世欲であり、それと表裏をなす自己保身欲である。これが実存することは、心ある元判事たちによって語られている。そして、検察の求刑に逆らいたくない、あるいは逆らえば出世が断たれるといった裁判官の個人的感情が数多くの冤罪を招いていたことは疑いない。
 裁判員制度の成否は、このような裁判官の感情を抑制しうるかにかかっている。今後の裁判員裁判に注目していきたい。
 

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