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行政書士のプロローグ & モノローグ

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ソビエト帝国の崩壊 瀕死のクマが世界であがく(小室直樹、光文社カッパ ブックス)

 9月4日、小室直樹氏が亡くなった。享年77歳であった。
 著者は、1981年の「ソビエト帝国の崩壊」によって、一躍有名になる。氏49歳の時であった。山本七平に「天才」と絶賛され、京大理学部数学科卒、阪大大学院経済学研究科、東大大学院法学政治学研究科、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学という華麗なキャリアを引っ提げての鮮烈なデビューであった。同著はベストセラーとなったが、その後矢継ぎ早に刊行された著書もヒットを重ね、先の山本七平や渡部昇一らに持ち上げられ、保守論客期待の星として注目を集めた。
 しかし、小室氏は本当に保守思想家だったのであろうか。確かに必要以上に戦争に関する記述が多く、軍事オタクの傾向は否めない。しかし、核武装を主張するわけでもなく、安全保障に対する考え方はむしろ常識的である。ちなみに、恩師には、高田保馬、市村真一、川島武宜、大塚久雄、また、尊敬する学者として丸山政男、森嶋通夫がおり、学界の大御所たちがズラリと名を連ねている。一方弟子には、橋爪大三郎、宮台真司、副島隆彦など、一癖も二癖もありそうな顔ぶれがそろっている。これらの面々を眺めても、小室氏が典型的な保守思想家というのは、どうも釈然としない。
 ところで、著者の声望を高めたのは、1991年ソ連が崩壊し、「ソビエト帝国の崩壊」が現実のものとなったことによってである。弟子の橋爪大三郎と副島隆彦は、「現代の預言者 小室直樹の学問と思想―ソ連崩壊はかく導かれた」を出版し、師の偉業を讃えている。しかし、これは少々買いかぶりすぎではないか、という気がしないでもない。
 本著では、平等のはずのソ連において資本主義社会以上の特権階級が存在し、また、自己目的化された軍事費の増大によって国民経済が圧迫されていることなどが指摘されている。しかしこれは、当時としても特に目新しい情報はなかったのではないか。さらに、ソ連においてすら、マルクス主義経済学の有効性が疑問視されていることにも言及している。そして、ソ連は基本的に資本主義が成熟する以前の農民社会であり、伝統的価値観としてのツアリズムが残っており、ニコライ2世がスターリンに代わっただけの話だというのだ。そして、フルシチョフのスターリン批判によってカリスマの権威が失墜し、急性アノミー(無規範状態)が起こっていると説く。しかし、ソビエト崩壊の原因をスターリン批判に求めるという見方は、ちょっと説得力に欠けるのではないか。実は、「文化的パラダイムの残存」、「カリスマの権威失墜」、「急性アノミー」というのは小室理論の三題噺といってもよく、「中国共産党帝国の崩壊」(1989)にもそのまま使われている。毛沢東を中華皇帝になぞらえ、人民革命は易姓革命だったと説くが、こちらの方は外れてしまったようだ。
 「ソビエト帝国の崩壊」は、一般向け本の処女作とあって、漢文調の小室節もまだそれほど際立っていないし、巻末には、参考文献がきちんと掲載されている。しかし、後年開花する小室節では、講談のような軽妙なテンポの文章スタイルが確立される。漢文調というと一見難しそうだが、「濫觴(物事の始まり)」というように説明が付されているのでかえってわかりやすい。また、巻末の参考文献はなくなり、文中、ときおり盟友の名前が出たりする程度である。「中国共産党帝国の崩壊」に至っては、主要な参考文献は「三国志」(しかも吉川英二版の)である。現代中国を論ずるのに、卑弥呼の時代の物語を引き合いに出すのだから、同業者からは失笑を買って当然であろう。しかし、長い間アカデミズムのど真ん中にいた者が、アカデミズムの作法について知らないわけがない。読者はあくまで大衆と考え、わざとてやっているのである。
 これを裏付ける事実として、カッパブックスを主戦場にしているということが挙げられよう。ちなみに、「ソビエト帝国の崩壊」以前に筆したもののほとんどが、学術論文である。私は元編集者だったので想像がつくのだが、ヒット作を出した小室氏に対して、複数の出版社から学術書のオファーがあったはずである。おそらく著者はそれをことごとく断ったのである。通常の学者なら、一般向けの本と学術書の両方を書こうとするはずであり、栗本慎一郎なども「パンツをはいたサル」で有名になった後、専門書も出している。
 先ほど少し触れたが、小室氏の著作の中では、「急性アノミー」がキーワードとなり、毎回登場する。これは憶測だが、小室氏自身アノミーに冒されていたのではあるまいか。規範崩壊は価値相対主義、すなわち、ニヒリズムに通じる。「作品としての社会科学」(内田義彦)という本があるが、小室氏にとっては、さしずめ「講談としての社会科学」といったところであろう。だからこそ論理性や実証性よりも、文体や面白みの方が重要なのであり、そのような道を選んでしまったからこそ、アカデミズムとは完全に袂をわかったのではないか。
 さらに妄想を言わせてもらうと、その背後には、小室氏自身の挫折があったのかもしれない。無論、著者ほどの才人であれば学者として生き残ることは容易であったろう。氏は、若い頃、大塚久雄に将来を嘱望されていた程の俊英であった。しかし、氏の望みはもっと高い所にあった。氏が「ソビエト帝国の崩壊」を執筆した時の年齢(49歳)は、ちょうど自分の先が見えてくる頃である。ノーベル賞が獲れるほどの実績が残せそうもないのなら、学者ではなく一般大衆を相手に一暴れしてみるのもいいのではないか。そう考えても不思議ではない。そして、その目論見は見事に成功した。しかし、学者としての道を自ら閉ざしてしまったことに対する悔いは、残らなかったとは言えば嘘になろう。
 著者の作品のタイトルには、「田中角栄の呪い」や「信長の呪い」など、「呪い」という文字がよく目立つ。これは、本当の意味での評価はまだ得られていないことに対する苛立ちの表れではないか。そしてこのことは、菅原道真や吉田松陰など、学問に身を捧げた者の魂が死後御霊になる場合がある、といったことを彷彿とさせる。氏の魂は、天国へと向かったであろうか。



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